2011年9月1日木曜日

iRICへの思い


今から30年前、私が大学を卒業し、開発局の旭川開発建設部旭川河川事務所に赴任して2年目の夏である。1981(昭和56)8月石狩川の大洪水、私の担当であった美瑛川、辺別川は河川が大きく蛇行して、堤防は基盤部分から跡形も無くえぐられ、川の様子は一瞬にして変わった。大学で習った水理学では河川の流れはせいぜい等流・不等流程度で、河川が蛇行するという概念は何となく知ってはいたが、実際に自然の凄まじい力で暴れる河川を見せつけられたのはこの時が初めであった。

この昭和56年洪水を契機に石狩川の治水計画は改訂され、私は石狩川上流の河川計画を担当し、特に大規模工事であった牛朱別川新水路(現在の永山新川)の計画を担当した。計画降雨量、基本高水流量、計画流量、河道計画という流れになるが、悩んだのは新水路の線形であった。「将来の河道の変化を考慮して」という概念があったような無いような時代だったが、取りあえず何となく「こんなカーブで・・・」という感じで低水路法線、堤防法線を考えた。もちろん、根拠など全く無い。これを札幌の本局に説明に行った所、お偉いさんが「こんな線形あるか!」と一蹴、赤鉛筆でスイスイと書き直してしまった。もともと根拠があって描いた線形では無かったので、理論的な反論など出来るはずはない。ただし、平面形を変えるということは、それに伴う縦断図、横断図、橋梁などの付帯設備、土量、概算工事費までの作業が全てやり直し、何日も徹夜した作業が全てパーになるということである。必死に抵抗はしたが虚しく敗北。修正命令を飲むこととなった。見た目にはそんなに大きく変わらないのに、相手を説得する道具が無いばかりに・・・・と悔しい思いをした。このころから、河川の平面形を与えて、その平面形によって、どのような流れが生じ、どのような河床変動、河岸侵食が生ずるかを計算で予測出来ないものか・・・と考え始めた。

その後札幌の土木試験所(その後何度か名前が変わって現在の寒地土木研究所)に転勤になり、いきなり石狩川の大型模型実験というのを担当させられた。同時に、石狩川大型模型実験委員会というのがあり、北海道だけじゃなく本州の偉い先生(偉いだけじゃなくて恐ろしいという感じ)の先生方の相手をさせられた。先生方がああでもない、こうでも無い、次はああやったらどうか、こうやったらどうか・・・というのに答えるのだが、何せ、先生方の意見を鵜呑みにすることは即、膨大な作業を背負うことになるので、とにかく必死だった。でも、この時も実験結果以外には平面形状と流れ・河床変動の関係を示せる道具は持っておらず、最初のころは随分悔しい思いをした。

そんな悔しい思いが「道具が無いなら自分で作ろう!」という発想になった。自分なりにありとあらゆる情報を集め、頼れる人は世界中だれでも頼り、朝も夜も、土日も正月も関係なく、試行錯誤の日々が続いた。あれからの日々は単にモデル開発ということではなく、国内外での人的交流(今思うと実はこれが一番大事かも知れない)も含めたありとあらゆる活動を含めての思考錯誤である。

この間、何人かの重要な人物にお世話になったが、それらの人物すべてに共通なのは、「何でも思うとおりにしろ」、「あとのことはまかせろ」、「金の心配はするな」、「責任は俺が取る」的な親分肌の方々であった。

ということで、この後20年以上かけて積み上げて来たモデルを、今度は、単に自分用のモデルというだけではなく、誰でも簡単に河川の洪水や蛇行特性を疑似体験できるツールとして使ってもらおうというのが、iRICの前身のRIC-Naysというフリーソフトである。これは、単に計算モデルではなく、計算用のデータ作成や、計算結果の可視化、アニメーション化も同時に可能で、しかも「全部タダ」で提供しようというものである。

通常この手のソフトは何百万円+年間補修契約という感じで、個人ではなかなか使えない。このRIC-Naysの開発にもいろいろな「親分」にお世話になった。おかげ様で日本だけではなく世界中でユーザーが増え、RIC-Naysの名前も徐々に広がって行った。

そうこうしているうちに、世の中不思議なもので、私とほぼ同じ発想でフリーソフトの開発を行なっている人間がアメリカにもいた。USGSDr. Jon Nelsonという人である。彼が中心となってMD_SWMSというフリーソフトプロジェクトが進行していた。「さすがアメリカ、なかなかやるな!」という感じである。

さあどうする。アメリカになんか負けてたまるか。「どちらが優れているか勝負だ!」、という選択肢もあった。しかし、悩んだ結果、もう一つの選択肢、「どうせなら共同で良いものを作ろう!」ということになった。これが、iRIC(International River Interface Cooperative)の始まりであった。

とは言うもの、まったく生まれも育ちも違うソフトを合体するというのは簡単な話では無い。言ってみればWindowsLinuxを合体して世界一のOSを作ろうというような話である。紆余曲折の末、iRICは昨年のVersion1.0のリリース、今年はVersion2.0のリリースに向けて鋭意努力中である。参加ソルバも当初の日米の他に、オランダ、カナダ、台湾と広がりを見せる傾向にあり、世界展開の様相である。それもこれもソフト本体は無料にして、皆で共有しようという発想が受け入れられたためである。

ただし、問題もある。フリーソフトであるので、当然収入はゼロである。ソフトの開発は勿論、ある程度開発が終了した後でも、維持管理、バグ修正、各種問い合わせへの対応、バージョンアップなど、黙っていてもお金はかかる。現在はRIC(北海道河川財団)による資金援助と産官学の皆様のボランティアに支えられて継続しているが、いつまで続くことやら・・・

でも、なんとかこのiRICの火を消さないように頑張って行きたい。皆さんの協力を切にお願いします。なお、iRICの詳しい情報は http://i-ric.org を参照願います。


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